2015年2月23日月曜日

大英博物館で学ぶローマ時代 (ウィスパシアヌスとティトゥス)

ローマで一番有名な建物コロッセウム。75年にウィスパシアヌス帝が建設を始め、完成したのはティトゥス帝の時代でした。競技場の規模は長径188メートル、短径156メートル、高さ48メートル、収容人数5万人です。

野獣と人間の戦い、公開処刑、剣闘士の闘いが行われ、入場できるのは招待状所持者のみで、座席は男女や階層、職業などによって区切られ、最前列は元老院議員や巫女、祭司、行政官の席でした。

重装備の剣奴が見に付けた青銅製の兜
頭部は保護されますが、視野が狭められ素早い動きができません。

トラキア人の青銅の盾
当時はピカピカに磨き上げられ、金色に光り輝いていました。

投網剣闘士(net-fighter)  1-2世紀
ふちに重石を付けた網を持ち、敵の足をすくったり、からめとったりします。兜を着用しないで、素顔で戦いに挑みました。

トラキア剣闘士(Thracian)  1世紀
ギリシア北部のトラキア部族民の祖国の兵士の恰好。戦争捕虜が剣闘士になりました。

トラキア剣闘士 1-2世紀
湾曲した剣が特徴です。

 死闘を演じる重装備の2人の剣奴を描いたテラコッタ。(1-2世紀)

 剣奴に飛びかかるヒョウを描いたテラコッタ。(1-2世紀) 


ローマ市内に建設された大競馬場キルクス・マクシムスは収容人数25万という最大規模のレース場でした。ゲートから一斉に飛び出した戦車は一周約1,1㎞のトラックを7周して争われました。

2頭立て戦車(two-horse racing chariot) 1-3世紀
レース用に調教された馬が専用の厩舎で飼育されました。激突や転倒しても、最初にゴールに入った戦車が勝利を収めました。

青、白、赤、緑チームの馬の御者 モザイク(300-350年)

トリトンの飾り (2世紀)

ウェスパシュアヌス (69-79年)
元老院と軍隊の双方に支持されて皇帝になったウィスパシアヌスは、即位のときすでに60歳位という高齢でしたが積極的に行動し、元老院議員と騎士たちの財産や品行を厳しく査定し相応しくないものを除外しました。市民に重い税金を課したり、官位を高額で売ったりということもありましたが、平和な時代でした。

ティトゥス (79-81年)
ティトゥス が統治した2年間は不幸が続きました。79年8月ヴェスヴィオ山が大噴火しポンペイの街が全滅。さらにイタリア全土に謎の疫病が蔓延し、皇帝自身も謎の疫病に冒され、就任してわずか2年、42歳でなくなりました。

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