2018年9月1日土曜日

究極の社会主義キブツについて

私は、1982年春夏の半年間、イスラエルのキブツで生活していました。 KIBBUTZとはヘブライ語で「集団・集合」を意味する言葉で、1909年帝政ロシアの迫害を逃れた若いユダヤ人たちがガリラヤ湖畔にキブツ・デガニアを作ったところからスタートしました。
自分たちの国家建設の夢を実現させようと願って(イスラエル建国は1948年)、集団生活を始めました。彼らは農地を買い、風土病と戦いながら、ユーカリの木を植え開墾しました。その後、ヨーロッパ諸国、イラク、北アフリカ、エジプト、南米からの新帰還者を加え、また労働と努力が実を結び、キブツ運動も次第に大きくなりました。

キブツの農場では、酪農、養鶏、柑橘類栽培、バナナ園、養魚場、小麦、綿の栽培などをやっています。電子機器、家具、プラスチック製品、農業機械、灌漑用設備など製品を作る工場などを経営しているキブツもあります。

普通の農場や工場と違うのは、平等、機会均等、集団責任、という原則に基づく共同体なのです。(キブツの中では医者も、ボタン付けを仕事としているおばあちゃんも、同じ収入なのです。究極の社会主義社会。医者側の人がそれで良ければ成り立ちます)。

現在キブツの数は270近くあり、200~300名規模のキブツが最も多く、ひとつの村を形成しています。キブツ内には、図書館、診療所、プール、テニスコート、映画館などの施設もあります。

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