2017年3月24日金曜日

紅茶の歴史 英国磁器の発達

お茶の消費が拡大するにつれ,茶道具の需要も増えました、イギリス東インド会社の中国貿易船には、茶道具も多く積まれるようになりました。中国や日本から運ばれてくる茶道具は高級でした。

1710年ごろからドイツやフランスでは国産磁器が作られるようになりますが、英国では原材料のカオリンが採掘できなかったため苦戦します。

1740年代くらいからハンドルを取り付けたティーカップが製造されるようになりました。そのため、ソーサーに移して飲む習慣は急速に衰えました。

チェルシー窯
1745年、カンバーランド公爵の支援のもと創立されました。デザインは有田焼の写しです。王室から贈答品の注文が入り、最高級の品物を焼く窯として1770年ごろまで人気を誇りましたが、その後経営困難になり、ダービー窯に買収されました。



ボウ窯
1747年創業。比較的手ごろな価格だったので、中産階級にもてはやされました。デザインは柿右衛門スタイルで、後に中国的な図柄も多く作成されました。ボーンチャイナを最初に作った窯として知られ、その技術は後の英国陶磁器に大きく貢献することになります。1756年に転写プリントによる作品を初めて作ったのもボウ窯です。しかし、1778年に経営困難に陥りダービー窯に買収されました。

ウエッジウッド窯
1759年に創業。貧しい家庭環境に育ったジョシュア・ウエッジウッドは 、労働者階級にも手が届く陶器作りを目指しました。1761年には作業が機械化され、価格を低く設定したクリームウエアを成功させ、クリームウエアは多くの家庭に普及します。シャーロット王妃はウエッジウッドのクリームウエアを高く評価し、「クイーンズウエア」という特別な名称を与え、王妃御用達に任命しました。1773年にはロシアの女帝エカテリーナ2世のオーダーで951点のフロッグ・サービスが製造されました。1774年にはジャスパー・ウエアを発表し、新古典主義の館に欠かせない装飾品となりました。ストーク・オン・トレントとリバプール間を繋ぐマージー運河建設を提案し、1777年に完成しました。

スポード窯
1770年創業。ジョサイア・スポードはボウ窯が研究していた動物の骨灰を利用しての磁器製造に改良を重ね、完璧な白磁に近づけることに成功します。1806年、皇太子はスポードのボーンチャイナを王室御用達に認定しました。


ロイヤル・クラウン・ダービー窯
1775年に発表されたダービー窯の伊万里は高い評価を受けジョージ3世は同年ダービー窯にクラウンの名誉を与えました。

ミントン窯
1856年に王室御用達になります。

ロイヤル・ドルトン窯

ロイヤル・アルバート窯

エインズレイ窯

ロイヤル・ウースター窯

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