英国便り
ロンドン郊外在住の日本人ブルーバッジ・ガイドが、毎日の生活を通して英国の魅力をお伝えします。
ラベル
V&A
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
V&A
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
2018年2月21日水曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館 歴史
1851年、ハイドパークで万国博覧会が催され、18万6000ポンドの純益を得ました。
収益金でサウス・ケンジントンの土地と、
万博の展示品などを買い取り
1852年に産業博物館を設立。
1857年に現在地に移り、サウスケンジントン博物館と改称されました。
1899年にはヴィクトリア&アルバート博物館と改名されました。
2018年2月20日火曜日
ヴィクトリア&アルバート美術館 19世紀の建物
ピレッリ・ガーデンに面した北館は1864年に建てられた建物で、
ギャンブル・ルーム(1865-78)
ポインター・ルーム(1876-81)
モリス・ルーム(1866-68)は現在カフェになっています。
2018年2月17日土曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館 銀製品
銀製品は紀元前200年の古代ローマですでに使われていました。 しかしローマ帝国が衰退すると、銀食器も徐々に姿を消しました。
イタリア・ルネサンスが栄えた15世紀ころになると、再びイタリアで銀食器やカトラリーが、貴族階級の人々の食卓に並ぶようになりました。
17世紀後半に宗教政策などの理由でフランスの銀職人たちはイギリスへ渡ることになり、イギリスとフランスの文化がミックスされたロココ様式の美しい銀食器がつくられました。
2018年2月16日金曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー 絵画
ロセッティ 白日夢
バーンジョーンズ 水車小屋
エドウィン・ランドシーア ニューファンドランド犬
ターナー セント・マイケル・マウンテン
コンスタブル 干草車の下絵
2018年2月15日木曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー タペストリー
タペストリーはつづれ織の壁掛けのことです。壁の上から吊り下げているだけなので、取り外して別のもの替えることもできます。宮廷が移るときは持っていきました。防寒にもなりました。フランドル地方のタペストリーは非常に高価でステイタス・シンボルになりました。
2018年2月14日水曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー 宝石
Ancient world jewellery
Collar known as The Shannongrove Gorget, maker unknown, late Bronze Age (800-700 BC)
Medieval jewellery 1200–1500
Pendant reliquary cross, unknown maker, about 1450-1475
Renaissance jewellery
Ring, maker unknown, setting 15th century, centre 2nd century BC-1st century BC.
17th-century jewellery
Necklace with Sapphire Pendant, bow about 1660, chain and pendant probably 18-1900
18th-century jewellery Sword, mark of James Morisset, 1798-9
Arts & crafts jewellery
Pendant-brooch (detail), designed by C.R. Ashbee and made by the Guild of Handicraft, about 1900
Art Nouveau jewellery and the Garland style 1895–1910
Hair ornament, made by Philippe Wolfers, 1905-7, Belgium.
Art Deco jewellery
to the 1950s
Commemorative Brooch, 1937
2018年2月13日火曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館 フレスコ画
フレスコはイタリア語でフレッシュの意味。石膏を壁に塗ってまだ乾かないうちに水性絵の具で壁画を描きました。手早くさっと描きあげてしまう必要があります。一部分ずつ順に仕上げていかなければなりません。絵の具は全体を仕上げるのに必要な量を最初からといて保全しておきます。途中で追加すると、後で色の違いが出てきます。
サウス・ケンジントン・ミュージアム時代に描かれた壁画が残されています。
レイトン作フレスコ画 1883
2018年2月11日日曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー イタリア・ルネッサンス ダヴィンチのノートブックなど
ダヴィンチのノートブック(1495-97)
ダヴィンチは科学の研究やデッサンを含む数千ページの手稿を残しており、愛弟子のメルツィに遺産として譲られました。メルツィの死後手稿は散逸することになりましたが、チャールズ1世が
手稿を集め、手稿の研究もされて、ダヴィンチが科学、工学、力学、工学、解剖学などに秀でていたことがわかってきました。
ミケランジェロの奴隷の試作品(1516-19)
体をひねることによって苦悩を現しています。
イタリアの教会の聖壇(1527-33)
2018年2月10日土曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー フアナのステンドグラス
ブリージュのセント・バジル教会のステンドグラス
一番左にいるのがアラゴンのファナです。
ファナはアラゴン王フェルナンドとカスティーリャj女王イザベラの娘で、神聖ローマ帝国カール5世(スペイン国王カルロス1世)の母です。
美男のフィリペに嫁ぎましたが、夫が亡くなると正気を失い、夫の棺を引いてスペイン各地を放浪しました。
2018年2月8日木曜日
ヴィクトリア&アルバート博物館ツアー 陶磁器
2018年2月7日水曜日
V&A ファッションの歴史
雪の日に、ヴィクトリア&アルバート博物館で行われた、ファッションの勉強会に参加しました。
1575-1585年、エリザベス1世時代のスモック。
前の投稿
ホーム
登録:
投稿 (Atom)