2016年1月31日日曜日

V&A ヨーロッパ・ギャラリー 1600-1815 ファッション

綿のドレス (イングリッシュ・スタイル) (1785)


ウールのスーツ(1780)
フランスでは、1760年代、イギリス心酔するアングロマニーが現れ。刺繍飾りのついたフランス服飾とは対照的な黒や茶のウールの地味な色合いの乗馬服を好んで着ました。1770年代から80年代には、飲食・スポーツ・ギャンブル・造園にいたるまでイギリス風が流行します。イギリス・モードはヴェルサイユの国王宮廷に対抗する反抗的な服装と思われていました。1800年代になるとフロック・コートとして昼間の略装衣服となります。

 絹のスーツ(1795-98)
 
絹のドレス(1810)


サックーバック・ガウン(ローブ・ア・ラ・フランセーズ) (1765-70)

コートとウエストコート(1780-85)

ウエストコート(1730-40)

バンヤン(1690-1720)

2016年1月30日土曜日

V&Aで見る中世の服

ウールのチューニック エジプト 670-870(大)、450-650(小)

 
 ウールの靴下 エジプト(300-500)

 革靴 エジプト (400-600)

2016年1月29日金曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1750-1800) フランス革命前の宮廷服


マンチュア(1755-60)
ローブ・ア・ラ・フランセーズは絶対王政の末期で貴族文化が栄えていたフランス宮廷の正装です。
針金やくじらのひげでつくられたペチコートで広げられた巨大なスカートが流行しました。
胸元の開いたガウン式のローブの下には三角形の胸当てをつけ、背には畳まれたプリーツがありゆったりと広がっています。襟や袖口はレースやリボンなど多彩な装飾に彩られています。

シルクのドレス(1760-70)
ローブ・ア・ラ・フランセーズは宮廷服として着用され、頭髪は巨大化し、1度髪型を作ると貴族の女性でも1週間、中産階級では1ヶ月もそのままだったそうです。この頃になるとパニエの巨大化は止まり、ヘアスタイルに興味は移っていきます。

 シルクのドレス(1775)
ローブ・ア・ラ・フランセーズの背面プリーツが分かる画像。

ペチコート

綿のドレス(1795-1800)
日常着は裾の上げ下げができるローブ・ア・ラ・ポロネーズやパニエ無しで着るローブ・ア・ラングレーズなどが出てくきます。

ウエストコート(1770-80)
 
ウエストコート(1788)

2016年1月28日木曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1790-1820) 外出着


テイルコート(1790)

 ライディングコート(1790)
イギリスでは貴族の子弟がフランスの洗練された文化を学び、イタリアの文化遺産を学ぶグランド・ツアーが慣習となっていました。1764年ごろに旅行から戻った若者たちがイタリア料理を好み、フランス風をひけらかし、フランス貴族の服装をさらに誇張した装いです。長い髪を後ろでたたんでリボンで真紀、そのリボンを首にまわして結びつける髪型や、大胆なレースの襟飾りは簡素化の始まったイギリスでは受け入れられませんでした。

テイルコート(1815-20)
フランスでは、1760年代、イギリス心酔する人が現れ。刺繍飾りのついたフランス服飾とは対照的な黒や茶のウールの地味な色合いの乗馬服を好んで着ました。1770年代から80年代には、飲食・スポーツ・ギャンブル・造園にいたるまでイギリス風が流行します。イギリス・モードはヴェルサイユの国王宮廷に対抗する反抗的な服装と思われていましたが、1800年代になるとフロック・コートとして昼間の略装衣服となります。

 ブラウスとスカート(1817-1820)

2016年1月27日水曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1810-1830) 宮廷服


 宮廷服(1810-1830)

イブニング・ドレス(1823)
フランス革命が起き、絶対王政が終わり、ギリシア・ローマ時代のように自然な服が好まれ、ハイウエストでコルセットを用いないドレスが生まれます。素材は薄手の木綿のモスリン地が人気でした。
薄手のシュミーズドレスはヨーロッパでは寒すぎたため、カシミール産のショールが流行します。

 イブニング・ドレス(1823-25)

2016年1月26日火曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1830-1850) 室内服

ウールのドレス(1835-38)
新古典主義の次に、感受性や主観を重視したロマン主義が流行します。ロマン主義の作家たちはルネサンス栄光の時代である16世紀を舞台とした作品を発表し、その舞台となった時代の服装が流行しました。袖はルネサンス期に流行したジゴ袖(羊脚)に宮廷服の基本の細い胴に広がったスカート。

シルクのドレス(1830)

 シミーズ(1835)

シャツとウエストコート(1845-50)

2016年1月25日月曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1840-60) 白いウエディングドレス



ウエディングドレス(1851)

ウエディング・ベール(1850-60)

2016年1月24日日曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1870-1910) バッスルスタイル



絹のイブニングドレス(1878-80)
スカートは60年代末より徐々に前が平らになり、膨らみが後ろ腰のみに残された形に変わっていきました。バッスルは詰め物で作られた腰当のことです。

綿のドレス(1885)
袖は初期は細かったのですが、しだいに大きなジゴ袖になっていきます。バッスルスタイルは1890年ころまで流行します。日本の鹿鳴館時代の女性の洋装はバッスル・スタイルです。

絹のアフタヌーンドレス(1889-1992)Sara Mayer& F.Morhango

ジャケット(1885) Emile Pingat

 上着(1895)Mlle.L.Guiquin
1890年代から大きく膨らんだジゴ袖が再来してエレファント・スリーブとなりましたが、1900年ごろには廃れていきました。

イブニング・コート(1895-1900)Marshall & Snelgrove

ライディング・ジャケット(1885-86)とロートレックの絵 Messrs redfern & Co.
前方に突き出した胸と後方に張り出した腰に挟まれたウエストが強調されるS字型シルエットはアール・ヌーヴォーの曲線美と共通性が見られます。

ジャケットとスカート(1895)
ドレスの形態は上着とスカートからなるツーピースになります。

ツイードのケープ(1910)

2016年1月23日土曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1860 -1875) クリノリン

コート(1873-75)

昼のドレス(1869-70)

裕福な女性は時間と場所に応じて服を使い分けるようになってきました。午前中の部屋着や昼食用、午後、外出用、夜会服など日に何回も着替えました。

クリノリン(1860-65 )
クリノリンというのは馬の毛を織り込んだ硬い麻布という意味ですが、50年代以降の鯨のひげや針金につなげて作られた下着、されにそれによって大きくスカートを広げたスタイルのことを指すようになりました。クリノリンによって女性は重いペチコートを何枚も重ねることなく、スカートを広げられるようになりました。

 上着(1865)

2016年1月22日金曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1905-1915) キモノ

イブニング・コート (1913)
18世紀の中国趣味、19世紀後半のパリ万国博覧以降、日本趣味の流行などの影響で、着物など東洋的なデザインが取り入れられました。

 ポール・ポイレットのマントル(1913)
当時の芸術家に愛されたキモノは室内着として定着しました。

リバティーのイブニング・コート(1905-10)
20世紀初頭キモノのシンプルな形はデザイナーたちに影響を与え、キモノ風の作品が次々と発表されました。

2016年1月21日木曜日

V&A ファッション・ギャラリー (1910-1913) ベル・エポック

絹のドレス(1913)Redfern
1906年、ポール・ボアレはコルセットを使わない肺・ウエストのドレスを発表しました。ボアレのデザインは自然の身体の美を評価するという20世紀のモードの方向性を具体化しました、

 絹のドレス(1908)

 ブラウスとスカート(1910-12)

イブニング・ ドレス(1912)