2007年12月31日月曜日

英国の大晦日

英国では、クリスマスは家族と一緒に、新年は友達と一緒に迎える人が多いようです。英国の年越しは賑やかです。大晦日はパーティーをやる人も多いようですし、新年になった瞬間は各地で花火があがります。

うちの娘(14歳)も友達家族とロンドン中心部に花火を見に行くつもりだとか。親より友達をとってしまう、薄情な娘です。最近は娘に教えることより、教えられることの方が多くなりました。今日はYoutubeへの登録の仕方を教えてもらいました。娘がYoutubeに投稿した画像などを見せてもらいました。投稿していたことも、今日初めて知りました。私がポーッとしている間に、娘は成長し、世の中どんどん変わっていくのですね~。

とにかく、世界中の皆様、よいお年をお迎えください。

2007年12月30日日曜日

旧約聖書の世界

旧約聖書にはイスラエル建国の歴史が書かれており、ユダヤ教の聖書に当たります。日本だと日本書紀みたいな感じでしょうか?ユダヤ教では、イエスを救世主だと認めていません。でも、ヨーロッパの美術館には旧約聖書を主題にした絵もたくさんあるので、教養として知っておいた方がいいと思います。今日は、旧約聖書について、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの絵で解説しようと思います。

アダムとイブ。神は土でアダムを作り、アダムの骨からイヴをつくりました。エデンの園で楽しく暮らしていましたが、イヴが蛇にそそのかされて知恵の樹から林檎を食べてしまいました。神は女には子供を生む苦しみと男への服従を、男には食物を得る苦労を与え、エデンの園から追放します。

人間の数が増えると、神を恐れなく傲慢な気持ちになり、バベルでは天まで届く高く大きな塔を作って名を上げようと思う人が出てきます。現在でもいますね、そういう人。神は人間のこの高慢な企てを拒むために、彼らの言葉を混乱させました。

アブラハムと妻サラは神から待望の子供を授かり、イサクと名づけられます。平和な日が続きましたが、ある時神は息子を捧げよと命じます。彼はイサクを山に連れて行きます。

祭壇の上でイサクの喉元に小刀を当てた瞬間、天子が現れてその手を止めると「お前が神を畏れるものであることがよくわかった」という神の声を聞きました。

アブラハムの甥のロトの住んだ街は男色のはびこるみだらな町でした。天使たちがロトの前に現れ、「明日この街は滅びます。急いで逃げなさい。」と告げました。半信半疑のままロトの家族はソドムとゴモラの町から逃げ出しますが、「後ろを振り返ってはならない」という神の言葉に反して、未練がましく後ろを見たロトの妻は塩の柱になってしまいました。その後、子孫を絶やすまいとする娘たちが、ロトにワインを飲ませ酔わせて、父親と交互に交わります。

アブラハムの子のイサクが年頃になり、嫁を探すために下僕のエリエゼルをメソポタミアに差し向けました。井戸端で、水瓶から彼にたっぷり水を与えて、ラクダたちにも水を飲ませたレベッカをを見て、この人だと思いました。レベッカはイサクの妻となるために、下僕とカナンへと旅立ちます。

イサクの孫のヨセフは、「兄さんたちの穀物の束が、僕の束にお辞儀をするのを見た」と吹聴したことから、エジプトに向かう隊商に売られてしまいます。

エジプトでは七頭の痩せた牛が七頭の太った牛を飲み込んだという王の夢を、七年の豊作とそのあとの飢饉と解いて、夢解釈人として出世しました。飢饉でエジプトを訪れた兄たちと会い、その後父のヤコブをエジプトに呼び寄せました。

その後、多くのイスラエル人がエジプトに住みましたが、エジプト人はイスラエル人が増えるのを好ましく思いませんでした。そこでエジプト王はイスラエル人の男子が誕生したら殺すよう命令を出しました。モーセの母親は葦で編んだ籠の中に赤ん坊を入れ、川に流しました。ちょうどその時に水遊びに来ていたエジプト王女が赤ん坊を発見し、モーセは宮殿で育てられることになります。乳母として連れてこられたのは、モーゼの母親でした。

立派に成長したモーセは、燃えているのになかなか燃え尽きない柴を目にします。近づくモーセに、神は「モーセよ、イスラエル人を救い出し、カナンの地に人々を導くがいい。」と言います。

モーセをはじめイスラエル人はエジプトを去りますが、王は軍を率いて彼らを紅海に追い詰めました。モーセが手を差し伸べると海は二つに分かれて渡ることができました。

エジプトを脱出して荒野の中を歩く一向は空腹を訴えました。ある朝露が降り、乾くとマナという白い食べ物が残りました。「主が下さったパンだ。必要な分だけ集めるがよい。」とモーゼは言いました。

エジプトを出てから3ヶ月して、モーセはシナイ山に到着しました。山に登って神様から十戒を授かりました。

モーセがなかなか山から帰ってこないので、人々は黄金の子牛をつくり、礼拝しました。モーセは怒り、授かった板をたたきつけ、牛の象を粉々にしました。

カナンへの旅も辛さを増し、不平を言う人が出てきました。神様は蛇を遣わし、多くの人がかまれて死にました。人々は「どうか蛇を取り除いてください」とモーセに頼みました。モーセは青銅で一つの蛇を作り、その後蛇にかまれてもこれを仰ぐと命が助かりました。

サムソンは20年間イスラエルを統治しましたが、乱暴者でした。ぺリシテ人のデリラという女性に恋した彼は、怪力の秘密が頭髪にあることをしゃべってしまいます。デリラに頭を刈られた彼は敵の捕虜になり、目をえぐられ、粉引きの仕事をさせられます。しかし、髪が伸びると力も戻り、柱を押し倒して脱出しました。

ベツレヘムのルツは、夫や子供たちに先立たれ、姑のナオミの世話をしながら、畑で一日中落ち穂を拾い、パンを焼いて暮らしていました。それが姑の親類のボアズの心をとらえ、結婚します。

エッサイの樹はキリストの家計図のことです。エッサイが下に横たわり、そのわき腹生えている木のすぐ上にはダヴィデ王がおり、上中央には聖母子がいます。

ダヴィデはぺリシテ軍の戦士ゴリアテと戦い、投石によって眉間に打撃を与え、その首を落としました。ダヴィデは首都をエルサレムに移し、イスラエル王国は繁栄の時代を迎えます。

ダヴィデは人妻バテシバを見初めると、その夫に危険な任務を与えて戦死させ、彼女を妻としました。

ダヴィデとバテシバの間の子ソロモンは、知恵者でうまく国を治めました。イスラエルが繁栄の頂点に達すると、ソロモンは巨費を投じてりっぱな宮殿を建設しました。

ある時、エジプトからシバの女王が彼の知恵を試しにやってきましたが、難問すべてを簡単に解かれると、彼女は王の知恵の素晴らしさと、宮殿の立派さに感嘆し、多くの贈り物をしました。しかし、乱費がたたり、王の死後、王国は南北に分裂しました。

ペルシャ王クセルクセスは、ユダヤの娘エステルを妃に選びました。ユダヤ嫌いの大臣ハマンはユダヤ民族全滅を企てたことを知ったエステルは王のものへ参上して陰謀を暴露しました。

北イスラエルに、干ばつを預言し、子供の命を救ったエリヤという預言者がでます。しかし、彼は王妃イゼベルの広める異教のバール神信仰を糾弾したため、王妃に命を狙われて荒野に逃げました。天使が現れ、彼にパンと水を与えたので、激しい生活に耐えることができました。

イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、ダニエルを四大預言者というのだそうです。特にイザヤは、エッサイの家系から救世主が出ることを予言したことで知られます。イスラエルはアッシリアの支配下になりますが、イザヤの預言した通り、敵軍に奇病が流行して、国はかろうじて助かります。

アッシリアに代わってバビロニアが強大になり、エルサレムは占領され、人々はバビロンへ連行されます。ソロモンの神殿や宮殿破壊され、国は滅びました。この絵に描かれているバビロニアのベルシャザル王は、父王のネブカデネザルがエルサレムの神殿から略奪した金銀の器でワインを飲んでいました。そこに人の手が現れて白い壁に文字を書き始めました。それは、その夜にベルシャザルが殺されて、バビロニア王国が滅びるという予告でした。

エルサレム近郊に住む未亡人ユディットは、アッシリアの陣地に侵入して、相手を信用させ、ホロフェルネス将軍が眠り込んだ隙に側にあった剣で首を切りました。将軍が亡くなったアッシリア軍は混乱して、退散しました。

トビトは貸した金を集めに息子のトビアスをメディアに旅立たせます。大天使ラファエルが同行します。

2007年12月29日土曜日

ハンプトンコート宮殿の柿の木

写真はハンプトンコート宮殿の柿の木です。花壇の中の札に「オレンジ色の果実をつけている木はKakiです。」って書いてなかったら、何の木だか分かりませんでした。

日本ではどこでも見かける柿の木ですが、英国で柿の木を見たのは初めてだったので、ちょっと驚きました。

東アジア原産。学名はDiospyros Kaki。日本から欧米に伝わったので、学名に日本語の「Kaki」が使われているのだそうです。英語名はPersimmon。英国のスーパーではSharon Fruitとして売っていますが、イスラエルの柿の登録商標なのだそうで、イスラエル産以外の柿をシャロン・フルーツという商品名で販売することは違法なんだそうですよ。

2007年12月28日金曜日

ルイボス・ティー

最近南アフリカに行ってきたヨガの先生から、ルイボス・ティー(Rooibos Tea)をお土産にいただきました。オーガニックに詳しいヨガ仲間はみんなルイボス・ティーのことを知っていたのですが、私は知らなかったので、家に帰ってから調べてみました。

南アフリカのセダーバーグ(Cedarberg)山脈の乾燥地帯が原産の針葉樹です。世界中 でこの地域でしか栽培できない不思議な木なのだそうです。学名はAspalathus linearis。英語名はRed Bush。これはアフリカーン語で、「Rooi」は赤、「bos」は藪を意味することからきています。

生育中は茎が少し赤く、葉は緑色をしていますが、収穫後に醗酵させてからお茶にすると、赤色が鮮やかになるのだそうです。

カフェインを含んでおらず、タンニンの量も普通のお茶の半分以下しか含まれていないため、苦味が無く、まろやかです。不眠症、胃の痛み、便秘、花粉症、喘息などのアレルギー症状にも効くのだそうですよ。

2007年12月27日木曜日

パットニーのヨガ教室

今日は鈴木美保子先生のヨガ教室に参加するため、パトニーに行ってきました。「今日はデトックスを意識した呼吸法およびアサナを練習しましょう」とのこと。14歳のカナちゃんのレポートと、私のブログの写真のために先生にポーズをとっていただきました。

まあ、これは上級者にしかできません。

クラスの方はこんな感じです。

2007年12月26日水曜日

キリストの生涯

今日は12月26日、ボクシング・デーです。英国では、電車も全面運休になるくらい大切な祝日です。昔は召使たちに箱(Box)に贈り物を入れて配った日なのだそうですが、今は召使がいる人もほとんどないことですし、クリスマスを故郷で過ごしてる人も、家にいる人も、のんびりと過ごしていることでしょう。

みんながクリスマス気分に浸っているこの時期に、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの絵を使ってキリストの生涯についてまとめてみました。

大天使ガブリエル(左)がマリアのもとに来て、神の子を身ごもることを告げます。

マリアはベツレヘムの宿屋の家畜小屋で男の子を出産します。赤ちゃんは飼葉桶に寝かされて、イエスと名づけられました。

その夜、ベツレヘムの近くで羊の夜番をしていた羊飼いたちのもとへ天使が現れ、メシアの誕生を告げました。彼らは早速ベツレヘムに向かい、誕生のお祝いを述べました。

未来のユダヤ王が誕生したという星の知らせを受けて、東方の3博士たちはエルサレムを訪れていました。そして星に導かれてベツレヘムにたどり着きます。彼らは、聖母に抱かれたキリストに、黄金、乳香、没薬を贈ります。

キリストの誕生から40日が経過して、マリアはキリストを抱き、ヨセフと共にエルサレムの神殿に赴きました。「救世主を見るだろう」と予言されたシメオンという男が来て、イエスを抱きました。

ユダヤのヘロデ王は「未来のユダヤ王誕生」の知らせに激怒して、ベツレヘム地方の2歳以下の男児を殺すよう命令しました。

「幼子を連れてエジプトへ逃れなさい」という天使のお告げにしたがって、マリアとヨセフはイエスを連れて、エジプトに避難しました。

ヘロデ王が亡くなると、イエスはイスラエルに帰ってきて、ナザレで成長しました。

12歳の時、過ぎ越しの祭りを祝うためにエルサレムに行きましたが、家族とはぐれてしまいました。両親がようやく神殿の中でイエスを見つけた時、彼はユダヤの学者たちと語り合っていました。

ヨハネの洗礼を受けにヨルダン川のほとりに向かいました。

洗礼の後、イエスは修行をしたり、教えを広げたりしました。奇跡も行いました。ガラリアのカナという村の婚礼に行ったとき、ワインが足りなくなったので、甕に入った水をワインに変えました。

ユダヤの学者たちが、キリストの前に不義をはたらいて捕らえられた女を連れてきました。「この女は石打ちの刑でしょうか」。キリストは答えました。「あなた方の中で罪のないものが、まず石を投げなさい」。彼らは無言で帰って行きました。

マグダラのマリアの弟のラザロは死んでから4日たっていましたが、イエスが「ラザロ出てきなさい」と呼びかけると、全身を布に巻かれたラザロがよみがえりました。

マルタとマリアが家にイエスを迎え入れたとき、マルタはかいがいしく世話をしているのに、マリアはキリストの話を聞いているだけで手伝いません。文句を言うマルタに対し、イエスは神の言葉に耳を傾ける方が大切と言います。

イエスと弟子たちは過ぎ越しの祭りにエルサレムに入ります。神殿に行くとそこには両替商人の店や、巡礼が奉納するための羊や鳩を売る店でごった返していました。イエスは激しい怒りに駆られ、縄で鞭を作って、それをふるって屋台を叩き壊しました。

最後の晩餐の前にイエスは弟子たちの足を洗い始めました。足を洗うのは召使の仕事なので、ペテロは拒みましたが「あなたを洗わなければ私の仲間ではないことになる。」と言われ、「それでは足だけでなく、手も頭もお願いします。」と言い返しました。

過ぎ越しの祝いの食事が始まりました。イエスはパンをもって「食べなさい。これが私の体です」ワインをもって「これが私の血です」と弟子たちに言いました。食事の半ばに「あなた方の一人が私を売り渡すだろう」と言います。

晩餐の後、イエスはオリーヴ山に弟子のペテロ、ヤコブ、ヨハネとやってきました。イエスは天に向かって祈りました。弟子たちは眠り込んでいます。向こうからユダが兵士たちを引き連れてやってきます。

ゲツセマネの園で逮捕されたあと、大祭司カヤパの前で尋問にかけられ裁かれます。カヤパの背後にいる男たちがイエスに不利な証言をしますが、イエスは黙っていました。

ユダヤ人たちはキリストの身柄をユダヤのローマ総督ピラトのもとへ送り、最終決定を迫ります。ユダヤ人の圧力を無視できないピラトは手を洗ってかかわりのないことを示しました。

イエスは着衣をはがされて、柱に両手首を縛られて、鞭で打たれました。

ピラトは群衆の前に姿を現し、「この人を見よ(Ecce Homo)。あなた方が十字架につけるがよい。私には彼に罪は認められない。」と言いましたが、ユダヤ人の祭司たちには逆らえませんでした。

イエスは緋色の着物を着せられ、荊の冠を被せられました。イエスはピラトの公邸から処刑地のゴルゴダの丘まで十字架を背負わなければなりませんでした。鞭打ちなどで消耗していたイエスは何度もつまずき倒れました。ヴェロニカが彼の汗を拭っています。

悲しみを湛えたキリストの姿。


ゴルゴダの丘に辿り着いたイエスは兵士たちから衣を剥ぎ取られます。そして、十字架にかけられ、手足に釘を打たれています。

ピラトは「ナザレ人イエス、ユダヤ人の王」と書かれた札を十字架に添えました。イエスは天を見て「神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか」と言いました。兵士が槍で脇腹を突き、イエスは絶命しました。

アリマタヤのヨセフが、遺体を引き取ることを許されました。彼らは磔の釘を抜き、十字架からキリストの遺骸を抱かえ下ろしました。それを見守っているのは聖母マリア、マグダラのマリア、聖ヨハネです。

死んだわが子を見て悲しむ聖母マリア。足元で悲しんでいるのはマグダラのマリア。

アリマタヤのヨセフとパリサイ人のニコデモは、ゴルゴダの丘の麓にある小さな園にある墓にイエスを運びました。

イエスが死んで3日目のことです。番兵たちはすっかり眠りこけている中、イエスは墓から立ち上がりました。

泣いていたマグダラのマリアが振り向くと、後ろにイエスがいました。駆け寄るマリアに「私に触ってはいけない(Noli me tangere)。まだ父のところに上がってはいないのだから」と言います。

復活の日、二人の弟子たちがエルサレム近郊のエマオ村へ向かいました。途中で一人の男に会います。日が暮れたころ村にたどり着いた弟子たちは、男を夕食に誘います。男が食卓でパンに祝福を与えて裂いて彼らに渡した時、二人はこれまで見えていなかった心の目が開き、彼がキリストであることを知りました。

使徒たちが戸を閉ざして集まっていたところにもキリストは現れましたが、トマスは居合わせませんでした。「脇腹の傷跡に指を差し入れてみるまで、私は信じない」と言っていたトマスの前に、8日後にキリストが現れ「さあ、指を差し込んでみなさい。私を見たから信ずるのか。幸いなのは見ないで信ずる者たちだ」と言いました。

復活から40日がたち、多くの人々の前に出現したキリストも天に召される時が近づいていました。オリーブ山の上、使徒たちが見守る中、キリストは天に昇って行きました。