2007年4月29日日曜日

バークレイ城、ジェンナー博物館、ガーデン巡り

昨日は、ガイド協会主催のバスツアーで、バークレイ城、エドワード・ジェンナー博物館、ペインズウィック・ロココ・ガーデン、ロッドマートン・マナー、そしてアビー・ハウス・ガーデンに行ってきました。

お天気も良く、道も空いていて、完璧な遠足日和。植物に詳しい人に、木や花の名前を教えてもらいながら、西へ。

バークレイ城はエドワード2世が殺された場所として、英国史では有名です。1327年、王妃イザベルは愛人ロジャー・ドゥ・モーティマーと王の殺害を考え、2人の騎士を送ります。彼らは王妃の密令を忠実に守り、殺害までの数日間は食事を与えず、外傷を残してゃならないという命令から、肛門から焼火箸を突っ込むような拷問を繰り返したようです。まあ、悲惨な歴史は置いておいても、バークレイ城は850年の歴史がある城で、建物も、家具も、素晴らしかったです。

その後、徒歩でお城の隣にある教会の牧師館へ。ここは種痘の発見で知られるジェンナーが生まれ、育ち、田舎医者として、人生のほとんどを過ごした家です。天然痘は17世紀から18世紀にかけて、欧州で猛威をふるっていました。何千万人もの人たちが亡くなり、かろうじて生き残った人も、醜く残った跡に苦しまなければなりませんでした。ジェンナーは牛痘にかかった人は天然痘にかからないということを、地元の人の話を聞いて知っていました。1796年、8歳の男の子、ジェームスに最初の種痘が行われました。これは天然痘から人々を守っただけでなく、現代の免疫法の基礎を築くことになりました。

アビー・ハウス・ガーデンは、この日行った庭の中では一番印象に残っています。庭も素敵でしたが、それよりも有名なオーナー夫婦を見ることができて嬉しかったです。何が有名かって?「裸の庭師」だそうですよ。この時期、全裸じゃないんですけど・・・かなりきわどい格好をしていました。興味がある方は、是非出かけて、確認してきてくださいませ。

2007年4月26日木曜日

ハル・グランディ・コレクション

先日、大英博物館の勉強会に行ってきました。今回のテーマは、コイン、アクセサリー、ヨーロッパの陶器でした。大英博物館を考古学博物館と思っている人は甘い。なんたって総展示品数600万点(公式ガイドブックによる)。何でもあるんです。

勉強会ではいろいろなことを教えてもらったのですが、一番印象に残っているのはハル・グランディの装身具コレクションです。

アン・ハル・グランディはドイツ生まれですが、子供のころイギリスに移住しました。ほとんどの年月を病気のため、ベッドで過ごしたそうですが、若いころから熱心に装飾品を収集しました。そして、「すばらしい品々を所有する幸運を授かったのだから、それをみなと共有せねばならない」という思想のもと、金細工、銀細工、鉄細工、象牙、カメオ、珊瑚、七宝など、1200点を大英博物館に寄贈しています。

写真はコレクションのほんの一部です。鳩のブローチは、1840年のヴィクトリア女王の結婚式に、アルバート殿下が付き添いの少女たちに、ハートを運ぶ鳩のブローチを贈ったことから流行したのだとか。忘れな草や、手紙を運ぶ鳩のデザインも流行しました。ヴィクトリア時代には、宝石の頭文字で遊ぶという文字遊びのアクセサリーも流行しました。

2007年4月25日水曜日

ナポレオン3世と皇太子ルイ

ウインザー城のセント・ジョージ・チャペルの中に、ナポレオン3世とユージニ皇后との間に生まれた皇太子ルイの記念碑があります。どうしてフランス革命後のフランス皇太子の記念碑が、英国の城の中にあるのか、不思議に思って調べてみました。

ナポレオン3世は、ナポレオンの1世の弟ルイの子(つまり甥ですね)で、1848年2月革命で憲法制定議会議員になり、その後大統領に就任、1852年に国民投票で皇帝になりました。

写真は、ルーヴル美術館にある「ナポレオン3世のアパルトマン」です。1856年から61年にかけて、ルーヴル宮とチュイルリー宮をつなぐために造られた豪華絢爛な部屋です。実際にはナポレオン3世の住居としてではなく、第2帝政時代の国務大臣のレセプション室に用いられたそうです。革命の時代に生きたのなら、もっと清貧に生きればいいのにと思うのは、私だけでしょうか?第2帝政没落後から、1989年までは、財務省として使われていたそうです。公務員が、こんな豪華な部屋を使ってたなんて、まったく、お役人も何を考えているんだか・・・。結局、今はルーヴル美術館の一部として、一般公開されています。

ナポレオン3世は、国民の人気を維持するため、クリミア戦争やインドシナ出兵を行いましたが、1870年のプロイセンとの戦争で、捕虜になってしまい、その間に議会は帝政の廃止を宣言、帝政は崩壊します。皇妃ユージニはイギリスに脱出。別ルートでイギリスに着いた息子のルイと、ロンドン郊外の屋敷に落ち着きます。半年後に釈放されたナポレオン3世もイギリスに亡命しますが、2年後に病死してしまいます。

で、息子のルイですが、フランスにもナポレオン帝政の復活を望む人々がまだかなりいて、後継者である皇太子ルイに対する期待はかなり大きかったようです。ヴィクトリア女王の宮廷にも招かれていたそうです(ナポレオンって王室の敵なんじゃ・・・?)ので、世渡りも上手だったのかもしれません。しかし、イギリスの士官学校で教育を受けたルイは、将校仲間とともに、南アフリカのズールー戦争に従軍することになり、偵察中に奇襲されて、23歳の若さで戦死してしまいました。彼は、戦場で戦死した、ボナパルト家の唯一の人間となりました。彼の遺体はイギリスに移送され、葬儀にはヴィクトリア女王も参列しています。

ウインザー城のセント・ジョージ・チャペルに行くときは、若く勇敢だった、ルイのことも思い出してあげてくださいませね。

2007年4月3日火曜日

ロンドンの地下鉄

物価が高いことで有名なロンドンですが、4月1日から11歳以下の子供の地下鉄料金が無料になりました。それまで地下鉄の子供料金は2ポンド(約500円)もしたので、通学に地下鉄を利用している子供の親はかなり助かるんじゃないかと思います。ちなみに、バスは17歳まで無料です。これはロンドン市長(日本では都知事のポジション)のケン・リビングストンのポリシーだそうです。車で学校の送り迎えをする親が、ロンドンの交通渋滞の一因を作っているということもあり、私は賛成です。

といっても、普通の人にとっては、ロンドンの交通費の高さは世界一ですよね。地下鉄の初乗りが4ポンド(約1000円)なんですから。よく日本から来た旅行者の方に「こんなに物価が高くて暮らしにくくありませんか?」と聞かれます。実はロンドンの交通費を節約する方法があるんです。オイスターカードというプリペイド・カード(日本のパスモやスイカのようなもの)を使うと地下鉄・バス料金が半額になるんです。バス料金はキャッシュで支払うと2ポンドのところ、プリペイド・カードを使うと1ポンドになりますし、地下鉄ならチケット売り場で買うと4ポンドのチケットが1.50ポンドで済みます。最初にカードを作るときに駅で3ポンドの手数料を取られますが、一日で回収できますので、英国に個人で旅行される方は、着いてすぐに(例えばヒースロー空港の地下鉄駅で)このカードをつくることを強くお薦めします。

2007年4月1日日曜日

イースター

イースターまで、あと一週間です。イースターの名前の由来は、サクソンの春の女神イオストラ(Eostre)からきているそうですが、キリスト教では、十字架に掛けられたキリストが3日目に甦ったことを祝う「復活祭」になります。

春分の日を過ぎてから、初めての満月の次の日曜日がイースターになると決めたのは、4世紀のイケアの宗教会議です。

キリスト教徒にとっては、復活祭前の一週間もホーリー・ウィークと呼ばれる特別な週です。一週間前の日曜日に、キリストがエルサレムに入城。月曜日の夜から火曜日の朝にかけて、最後の晩餐。金曜日に磔にされて、土曜日は安息日、日曜日に復活します。

金曜日はグッド・フライデーと呼ばれ、十字のついた甘いパン(Hot Cross Buns)を食べます。イースターには卵やウサギの形をしたチョコレートを家族や友達に贈る習慣があります。イースターエッグは新しい生命を象徴しており、キリストの再生を表しています。イースターバニーも春に赤ちゃんをたくさん産むうさぎが、新しい生命の象徴としての意味を持っているそうです。

ロシアの王様はチョコレートではなく宝石でできた卵を贈っていました。上の写真は、1914年にニコライ2世がアレクサンドラ王妃に贈った、ダイヤ、ルビー、エメラルド、サファイヤ、トパーズ、ガーネット、パールを散りばめたイースターエッグです。バッキンガム宮殿のクイーンズ・ギャラリーで見ることができます。