2016年4月1日金曜日

昔の仕事とタックス・ヘイブン

私はガイドになる前、ロンドンの金融街シティーで働いていました。大手会計事務所の公認会計士の秘書として、日本企業がヨーロッパへ進出するのをサポートしておりました。

会計事務所の仕事というのは監査、コンサル、M&A、税務などですが、私が働いていた頃は日本企業の海外進出ブームで会社設立の仕事が多かったような記憶があります。

M&A(企業買収)も経験しました。日本の酒造メーカーがスコットランドのウイスキー醸造所を買収した時に書類作りをしました。今でもその会社の商品を見ると思い出します。

j講演会やゴルフ大会も主催したりしていました。

その後、私が金融街を離れてから結構な時間が流れ、当時ロンドンに進出していた日本企業も半分くらい撤退してしまいましたが、最近シティー時代を思い出させてくれる言葉が日本のワイドショーに頻繁に出てくるようになりました。タックス・ヘイブンです。

大手会計事務所が節税のためにタックス・ヘイブンにペーパー・カンパニーを作るのを勧めるのは当然のことです。私がいた会社は日本語でタックス・ヘイブンに関する本を出しており、ジャージー島、マン島、ケイマン諸島など、行ったことも無い島の名前が記憶に残っています。

今回のパナマ文書問題で、日本のワイドショーがタックス・ヘイブンについて解説しているのを見て、改めてロンドンの金融街の強かさに驚いております。

最近知ったこと

タックスヘイブンに蓄積される資金は世界の金融資産の半分以上。多国籍企業による投資金の3分の1がタックスヘイブンにあります。

タックス・ヘイブンの歴史

カリブ海の金融サービスの本拠地はケイマン諸島です。18世紀に終わりにジョージ3世の息子がケイマン沖で難破したとき現地の人たちに命を救われました。ジョージ3世は、そのお礼にケイマンを免税の地にしました。それ以降、ケイマンは所得税と法人税が無い島として発達しました。

第2次大戦直後のイギリスは戦勝国だったにも関わらず財政難でした。国力復活のため、ロンドンをオフショア金融市場にして、世界から資金をシティーに流入させて運用して儲けようと考えます。
しかし、シティをタックスヘイブンにすると、アメリカをはじめ世界各国から苦情を言われます。

1960年代後半に英仏海峡やカリブ海にある領土や旧植民地をタックスヘイブンにして、シティーの代わりに世界各地から集めた資金を運用し、英国の金融市場を維持拡大します。植民地をタックスヘイブンに替えていく際、英政府内で議論がありました。イングランド銀行は金融界の儲けが増えるので賛成しますが、財務省は税収が減るので反対しました。外務省は曖昧な態度をとり、最終的に賛成派が勝ちます。

1985年、金融自由化。厳しい金融規制があったアメリカも金融自由化を開始し、英国のタックスヘイブン網を活用 して儲けることを是認し始めます。同じ1985年、ジャージー島に流れ込むアフリカの独裁者たちの資金が急増しました。タックス・ヘイブンは世界の独裁者たちの資金隠しや不正なお金のマネーロンダリングに利用される様になります。私がシティーで働いていたのは、ちょうどこの頃になります。

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