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2017年3月2日木曜日

チャップリンの生まれ故郷

バスを乗り換えるために、エレファント・アンド・キャッスルで降りました。

ピンクの象(エレファント)が城(キャッスル)を背負っている姿が印象的ですが、地名はEleanor of Castele(エドワード1世妃のカステリアのエレノア)から来ています。

この立派な建物はパブリック・ヘルス(保健所?)らしい。

チャールズ・チャップリン・パブがあるのは、1889年にこの近くでチャップリンが生まれたからです。少年時代は貧困の中で育ち、生活のために舞台に立ちました。

アメリカ巡業中の24歳の時に映画デビューします。「黄金狂時代」「街の灯」「モダンタイムス」「独裁者」「ライムライト」などが代表作です。晩年はスイスで暮らしました。

2015年7月8日水曜日

フロイドの家

トリニティー・ウォークという急な坂道を登りきったところに

フロイド博物館の標識がありました。

高級住宅地の中にある

精神分析学者ジークムント・フロイド1856-1939)の最晩年の家。

ナチス・ドイツ支配下のウイーンから亡命したフロイドは、

ここでも毎日4人の患者の分析治療をしながら、 『モーセと一神教』『精神分析概説』『防衛過程における自我分裂』を執筆しました。

フロイドの提唱した数々の理論は、後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

 20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えました。

2015年7月6日月曜日

エリザベス・ギャレット・アンダーソン病院跡

ユーストン駅の隣にElizabeth Garrett Anderson and Obstetric Hospital跡があります。た。

 Elizabeth Garrett Anderson(1836年-1917年)はイギリス最初の女医です。

エリザベスはホワイトチャペルに 裕福な商人の家の10人兄弟の2人目の娘として生まれました。

アメリカ最初の女医エリザベス・ブラックウェルの講演を聴いて医学を志しますが、当時イギリスでは女性の医学の教育の門戸は閉ざされていました。ロンドンのミドルセックス病院で外科看護師の見習いとして働き、外科的処置と医術を学ぶ機会を得ました。

フローレンス・ナイチンゲールとともに医学校で訓練を受けましたが、イギリスでは女性の医師免許が許可されないので、1870年にパリのソルボンヌ大学に学び、その年フランスで医師免許を取得しました。

1872年にロンドン女子医学校は医師養成機関として公認され、エリザベスは1883年から1903年まで女子医学校の医学部長を務めました。
 
1917年に死去。1918年にロンドン大学が運営する病院がエリザベスの功績を記念して、Elizabeth Garrett Anderson and Obstetric Hospitalと改名されました。

2014年11月22日土曜日

オックスフォード・サーカス (日曜の朝と土曜の夕方)

仕事の都合で、日曜日の朝早く、

誰もいない静かなオックスフォード・サーカスを通ることがあります。

仕事の都合で、土曜日の夕方、

人がいっぱいのオックスフォード・サーカスを通ることもあります。

 クリスマスが近づくともっと混むことでしょう。

2014年8月17日日曜日

BTタワー

仕事前、地下鉄 ウォレン・ストリート駅で下車したら

 BT タワーがすぐそばに見えたので、

 真下まで行ってみました。

 昔はここが入口だったらしいけど、

 今は公開されていません。

日本だったら絶対観光スポットなのになあ~。

2014年8月11日月曜日

シャーロック・ホームズ・ミュージアム

いつも入場の行列ができる

シャーロック・ホームズ博物館。

中に入ると

ホームズの書斎、

居間、

寝室などが、

再現されていますが、

ホームズは架空の人物ですので、

ここに住んだことはありません。

入場券無しで入れるショップも

素敵です。

2012年12月25日火曜日

冬のロンドン市内観光

冬のロンドン市内観光。

バッキンガム宮殿の衛兵交替式や、

 騎馬兵の交替式、

 タワー橋や、

 ロンドン塔も美しい~。

ヨーロッパで一番高いビルも完成しました。