ラベル 夏目漱石 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 夏目漱石 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年10月12日水曜日

夏目漱石の下宿 in ロンドン (1900年10月28日から11月11日)

地下鉄ユーストン・スクエア駅からすぐの所に
   
ロンドン大学ユニヴァーシティー・カレッジがあります。1826年創立。学生の人種・宗教・階級・思想信条に関わりなく入学を許可し、英国で最初に女性の入学を認めた大学です。

向かいに建つ昔の大学病院(ユニヴァーシティー・カレッジ・ホスピタル)

今の大学病院

ユニヴァーシティー・カレッジの生物学の校舎には

チャールズ・ダーウィンのブルー・プラーク。

漱石がロンドン到着後、最初の2週間を過ごしたのは

ガワー・ストリート76番にあった学生向けのスタンリー・ホテルです。

ホテル代は週4ポンドでしたが、漱石がもらっていた留学費では高すぎて、すぐに引っ越すことになります。

 漱石はユニヴァーシティー・カレッジの英文学の聴講をやめて、

シェイクスピア研究家のウイリアム・クレイグ氏の個人教授を受けることにしました。

本屋。漱石は留学費の1/3を書籍の購入にあて、5~600冊の書籍を購入したとされます。

2016年10月11日火曜日

夏目漱石の下宿 in ロンドン (1900年11月12日から12月23日)

地下鉄ウエスト・ハムステッド駅下車。

ブロードハースト・ガーデンに入ると

イングリッシュ・オペラのリハーサル・スタジオがあり、

その向かいにバイオリン屋さんがありました。

ハムステッドの高級住宅地って感じですね~。

プライオリーロード85番地に漱石の2番目の下宿がありました。

大家さんはミルデ家で、主人はウエストエンドに店を持つ仕立屋ですが、漱石は複雑な家族関係や暗い家の雰囲気を好みませんでした。

週2ポンドの下宿代も漱石には割高だったので、ここには1ヶ月ほどしか滞在しませんでした。

2016年10月10日月曜日

夏目漱石の下宿 in ロンドン (1900年12月24日から1901年4月24日)

地下鉄オーヴァル下車。クリケット場前からバスに乗りました。

フロッデン・ロードの6番地に漱石の3番目の下宿がありました。

女子寄宿学校を経営していたサラとケイト・スパロー姉妹のひとりが、ブレット氏と結婚して3人で下宿屋経営をしていました。

週1ポンド5シリングで、多くの日本人が下宿した家ですが、下宿人が少なくなると経営が苦しくなって食事の質も低下しました。

当時の建物はもう残っていません(1966年に取り壊されました)が、(同じ通りの)こんな建物だったのではないかと思います。

この下宿で一緒だったのが、横浜のサミュエル・サミュエル商会勤務の田中幸太郎(1872-1950)です。1901年2月1日に漱石と一緒にダリッジ・アート・ギャラリーに行きました。

下宿の主人の肩に乗ってヴィクトリア女王の葬列を見たのも、この時期です。

2016年10月9日日曜日

夏目漱石の下宿 in ロンドン (1901年4月25日から7月19日)

トゥーティング・ブロードウェーは繁華街です。現在はインド人街でもあります。

ミッチャム・ロードでバスに乗って、アーメン・コーナー下車。

漱石は3軒目の大家のブレッド家と夜逃げ同然の引越しに付き合わされて、一緒にステラ・ロード5番地(現在11番地)に移ります。

当時ここら辺はまだ緑豊かな郊外で、新築(1900年建造)のテラスハウスでした。   

ただ、劣悪な環境に暮らす下層の労働者階級が住む地域でもあり、

 漱石は別の下宿に移ることを考えます。

この下宿ではロイヤル・アカデミーに留学中の(味の素発明者)池田菊苗(1864-1936)と同宿になり、彼の学識と教養の広さに深く感銘を受けます。

2016年10月8日土曜日

夏目漱石の下宿 in ロンドン (1901年7月20日から1902年12月4日)

地下鉄クラッパム・コモン駅の前には、大きなグリーンがあります。

コモンというのは誰でも入ることができる森のことで、今は公園になっています。

教会の前を通って、公園の反対側へ。

高級住宅地ですね~。

国会議事堂の設計をした

チャールズ・バリーの家もあります。

漱石は知人の紹介でザ・チェース通り81番地に移ります。

この3階に、帰国までの1年4ヶ月住んでいました。家主は50代前後のプリシラとイライザ リール姉妹。月7ポンドで3食付なので、本屋や散歩以外は部屋にこもり、読書と論文書きに集中していました。

有名人が住んでいた家に付けられるブルー・プラーク。1902年夏、漱石はノイローゼになりますが、クラパムコモンで自転車を練習したり、10月にはスコットランド、ピトロホリーへ旅行したりして乗り切りました。

漱石が妻に手紙を出したと思われるヴィクトリア時代のポスト。

2016年10月7日金曜日

ロンドン漱石記念館

漱石の最後の下宿の向かい

チェースの80番地に漱石記念館があります。

館長の常松さんが展示の説明をしてくれました。

熊本第五高等学校時代の漱石の写真。

漱石の妻と長女。

漱石は日本から1月かけて船で来ました。

下宿の写真などたくさんの資料が展示されています。

漱石の作品のうち、英国に関連のあるもの。
倫敦塔(1905年1月)
幻影の盾(1905年4月)
琴のそら音(1905年7月)
 一夜(1905年9月)
薤露行(1905年9月)
趣味の遺伝(1906年1月)
夢十夜(1908年7-8月)
永日小品(1909年1-3月)
カーライル博物館(1905年)