2016年1月23日土曜日

大英博物館で学ぶ日本の歴史 室町時代 (1392-1573)




義満の孫の、八代将軍善政は、なかなか男の子が産まれなかったので、弟で出家した義視に将軍の位を譲ることを約束しました。ところが、妻の日野富子に義尚が産まれたため、富子は自分の子を将軍にしようとして山名宗全を味方につけました。善視の方は細川勝元に助けを求めました。これをきっかけに応仁の乱と呼ばれる戦いが11年も続いたので、京都の街中の寺、神社、御所、貴族の屋敷など、ほとんどが焼けてしまいました。

応仁の乱の間、善政や貴族たちは戦乱を避けて、山荘などで茶や能を楽しんでいました。すさんだ世の中から逃げようとする人に歓迎され、東山文化へと発展します。

乱の後、善政は京都東山に別荘を建てました。その二層の建物は銀閣と呼ばれ、善政はそこで政治を離れた生活をしたいと思いました。

山水長巻 雪舟筆(1486)の模写

水を用いないで流水の有様を現した枯山水は当時の独特なものでした。心の静かさを求める茶道が生まれ、村田珠光によって侘び茶の方式がつくられました。絵も墨の濃い薄いだけで描く、水墨画が発達しました。雪舟(1467年の山水画)が活躍しました。狩野正信・元信によって水墨画に大和絵の技法をとり入れた、狩野派をおこしました。
応仁の乱が終わっても、戦乱は地方に広まり、力の強いものが国を治めようとし、15世紀末から約100年間、日本は戦国時代になります。

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