グリニッジの海洋博物館の展示物の写真です。
真ん中にある赤い線が、1493年(コロンブスのアメリカ発見の翌年)、ローマ法王アレクサンダー6世が定めた世界境界線(Boundary Line)です。法王は世界を2つに分け、この線の東はポルトガル領、西はスペイン領としました。
大西洋の真ん中できれいに分けたと思っていたのですが、南半球ではアメリカ大陸が東へ出っ張っていることを、その時誰も気がつきませんでした。境界線はきっちりと守られ、ポルトガルはブラジルだけに進出しました。だから、現在でも南米ではブラジルだけがポルトガル語を話しています。
そして、アジアはポルトガルのものになり、16世紀に日本までやって来たのはポルトガル船でした。17世紀にオランダやイギリスの東インド会社が勢力を伸ばしてくるまでは、日本はポルトガルからヨーロッパを見ていたのです。
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