ヘンリー8世の側近として仕えた トーマス・クロムウェルは
オースチン・フライアーズ修道院に住んで、
ローマ教皇からの干渉を拒否し、ヘンリー8世の離婚問題を解決し、
イングランド国教会はローマ・カトリック教会から離脱し、国王ヘンリー8世は国教会の長となりました。
さらにすべての修道院を売却して国庫収入に充て、ヘンリー8世を喜ばせました。
ここは修道院解体を指示した本部だったのです。
しかし、大勢のライバルを処刑して急速に築き上げた地位は転落するのも速く、
ヘンリー8世に4番目の妻として推薦したアン・オブ・クレーブが王に気に入られず、
トーマスは謀叛罪を着せられ断首の刑になってしまいました。
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